従姉妹の脱毛エステの話

従姉妹の脱毛エステの話

先週大分市の実家に帰りました。両親ともに元気で、父はもうすぐ70に
なるというのに昼から寿司をとって2人で酒を飲み交わしました。
父はもっぱら焼酎、私はビール、そして母はお茶。
話題は親戚の誰が今なにをしているとか、私の仕事の話とか
どうでも良い話ばかりです。

と、私が帰省していることを知ってか、近所に住む従姉妹のK子が
子供をつれて訪ねて来ました。子供といっても4歳の男の子。

私は子供が嫌いなので正直うざかったのですが拒むわけにもいきません。
K子は私より2つ下です。旦那は大分県庁で役人しています。
今日は釣りに行っているとのこと。なにか釣れたら帰りにこの家に
立ち寄って置いていくそうです。

K子の身の上話をしばらくした後、お昼頃ですが
突然うちの母に子供の面倒を1時間程みてて、って頼んでみます。

なんでと聞くとこれから脱毛をしてくるとのこと。
定期的にもう1年くらい通っているとのこと。
大分駅前のラ・ヴォーグという脱毛エステだそうだ。

2,3ヶ月に一度通って光脱毛というのをしているみたい。
ほらみてと腕を見せられたのだが、たしかにつるつるだ。

は?こんなツルツルで脱毛する意味ないじゃん?と聞くと
今日は脇の日なの、だそうだ。

脇!!!

彼女がスマホをいじるとこんなサイトを出した。

脱毛 大分

なんとそのサイトを作ったのが彼女の鶴高の同級生だそうだ。
こういうサイトをつくって月収かなり稼いでいるそうだ。
アフィリエイターっていうのかな、こういうの。

それにしても世の中いろんな稼ぎ方があるもんだ。
自宅でできれば1番いいんだな。

鶴高の元同級生にあってどうやるか学ぼうかな・・・・

多分、僕は1回死んだんだろう。

多分、僕は1回死んだんだろう。

あの書類を受け取ったとき、文字通り血の気が引いていきました。
まるでほんの一瞬だけ死んだような、恐ろしい体験でした。今思い出してみても、ぞっと寒気がします。あの時の感覚、忘れもしません。頭だけでなく僕の身体そのものが、はっきりと記憶している感じなのです。

当時僕は、都内の出版社に就職し、もうすぐ1年経つかという頃でした。
仕事にもある程度慣れてきた、23歳の頃の話です。

僕には遠く離れた九州に両親がいて、おまけに一人息子なので絶対に心配をかけさせたくありませんでした。なので、選んだ会社は名のあるきちんとした会社でした。地元の友人にも自慢できるくらい有名な会社です。

僕はメンズファッション系の部署につき、そんなに売り上げも多くない雑誌ではありましたが、主にパソコン業務で情報担当をしていました。

出版社でかつ、ファッション系となると、見た目には華やかな感じもしますし、僕自身も憧れを持った職場だったのですが、所詮頭に描いていた理想とは大きく違って、1年も経ってくると、どえらく退屈に感じてきました^^;

そんな中、まるでそんな退屈さを埋めるがごとく一人の先輩と仲良くなったのですが、その先輩は所謂ギャンブル狂って人間で(ギャンブル狂かどうか分からないが結構ハマっていた様子)、競馬やパチスロ、けっこう派手にやっていました^^;

ちょっと勝っては大負けしたり、明らかに負けのほうが多いはずなのに、どうやってお金を調達しているんだ?と疑うほどでした。

しかし、株で相当儲けていることが分かりました。しかも、その株による儲けだけでも十分暮らせる利益を得ていたと知りました。その事実を聞いて、合点がいったんですね。だからあんなに野放図にギャンブルやっていられたんだなーと。そして正直羨ましかった。すごく楽しそうだったから。

僕は株でそんなに儲けられると知らなかったので、本当に驚きました。そして好奇心が湧いてきました。

退屈に感じ始めていた仕事、そして同じようにパッとしない生活・・・。
そんな心の空白を埋めてくれるような、「何か」を手に入れた気がしたのです。

「僕だったら、下手にギャンブルで遊びまわらないでもっともっと自分の理想の生活を手に入れたい。先輩のように無駄使いはしないで。」などと、想像することも多くなりました。

そんな気持ちを先輩に伝えたところ、なんと先輩は株の上手いやり方などを、僕に教えてくれたのです^^

あれだけ儲けて派手に暮らしている先輩の姿を目の当たりにしているので、自分も近々そうなることを疑ってもみませんでした。

僕はすぐに株の参考書などを購入して、翌月にはトレードを開始しました。

ネットの知識や、先輩のアドバイス、本からも必勝法などを調べつくして、多くも無い資金でトレーダーデビューを果たしたんです。

ところが・・・何てことでしょう!

急な市場の浮き沈みで僕の資金はみるみる減っていきました(><)
最初は、お金がなくなっていくという感覚なんてありませんでした。ただのゲームのような感じでしたから。

でも、もうちょっと・・・もうちょっとでコツが掴めるはずだ!
と、そこであきらめることができなかったのです。

私は消費者金融で50万円近くを借り、株を運用しましたがまた失敗!

それを数回繰り返し、気づけば結局200万円ほどの負債を抱えて、全く払えない状況になりました。まさに絶望です。親にも友人にも、先輩にも恥ずかしくて口が裂けても言えませんでした。

そしてついに来たのです…そう、督促状です。

僕はこれを見て本当に後悔しました。僕じゃない違う誰かのことだったら良いのに、朝起きたらなくなっていれば良いのに・・・と、ただただ自分自身のこととして受け止めることができませんでした。

そのくらい怖かったのです。生きた心地がしませんでした。

朝起きてみても、督促状は依然机の上にあり、宛名は間違いなく僕自身の名前が記されていました。書類に書かれたその文章は、私の心の重さからか本当に冷たい文章に見えました(;;)

しばらく、茫然自失の日々が続きましたが、そんなこと言ってられません。
思い切って、年収の高い企業に転職し、本当に質素な節約生活を数年間続けて、ついこの間借金の全額返済を果たしました。

今は九州に転勤になり、両親とも会う機会を増やしています。

転げ落ちるのはあっという間でしたが、返済までには長い時間がかかりました。
大いに反省し、これからは恥の無い立派な社会人として、生きていこうとしています^^